ラッセルデルク

文芸同人誌サークル「ラッセルデルク」 毎月末に投稿

ラッセルデルク

文芸同人誌サークル「ラッセルデルク」 毎月末に投稿

最近の記事

冬花火

間宮征四郎  あの停留所を通過して、バスが左折する。瞬間、許しがたいほど鮮やかなイルミネーションが窓いっぱいに咲った。黝いものが激流の如く心に押し寄せてくるのを感じる。自壊し、渦を巻き、のたうちまわった。そして或る衝動が蠢く。約束を果たさねばならない。どうもそうらしい。  大通りを通過するまでの約二十秒間では手紙の内容を読破するに至らなかったが、目をしばたたく間も無くはっきりと、自分の使命が分かった。彼女ほど憎らしいひともそういない。便箋にクッキリと浮かんだ涙の灼けあとがそ

    • 遅延

      間宮征四郎  明け方、淡く白んだ空を仰ぐと鴉が一羽、私の上を飛んでいた。風に身を浮かべるが如く悠々と、囂しいほどの羽音を立てて、私にはそれが虚な調べとは思えなかった。  間も無く列車がやってくる。午前七時発、東京行き。時計の針と機械音声のアナウンスがそう知らせてくる。汚れたアスファルトに掠れきった号車案内、私は「今日」もここに立ち、それこそ虚な実在としてただ、扉の開閉をそれらしく待つ。ひとも沢山いるようだ。私の前も、隣も、後ろにも、それぞれ違った顔立ちの違った年齢の、違った

      • 海の顔

        西乃華乃  夕陽が反射して、海は赤く染まっていた。  水着を着ていた時はあんなに名残惜しかったのに、シャワーを浴びて服を着ると、もう海に入る気なんて起きないのはなぜだろう。  数時間前には一面パラソルが広がっていた海水浴場には、寂しげな砂浜しか無かった。 「帰りたくないん?」 「別に。ベタだけど、夕焼けと海って綺麗だなーと思って」  更衣室から出てきた姉ちゃんは、俺と一緒になって柵に寄りかかった。  その手にはアイスが握られていた。 「あ! 姉ちゃんだけアイス食

        • 求愛

          間宮征四郎 漁船から落ち、波浪に揉まれる男がいた。長い漂流の末に辿り着いたのは、或る灯台の足元。男はゴツゴツとした岩肌に辛うじて掴まり、己の中で囂しくすらある生への祈念を感じている。諂って靴を舐めるように実直で、もはや剣呑ですらある感覚であった。諦めかけた人生への、最期の求愛のつもりでもあった。 這い上がることは不能でも、残り僅かな体力を振り絞れば、如何にか救助を呼べるだろう。瀬戸際とは、まさしく此処であると思った。 海岸の、無限奈落の内にチラリと灯りが映る。灯台の管理

          残英

          間宮征四郎 空蝉の、海淵にも似たその心。詫びしさを堪えて己を抱き、光微かに、陋巷の中で春の幻影を見て、惰性の内に情調を死なす。世の中は、そんな生命の自己擁護、となむ。  私の姉は身体が弱く、今日までの数年間を薄暗い病室で過ごした。見舞いは僅か、周りは生気を失った患者ばかり、窓の外には何処までも続く草原が広がるのみだった。  朝起きると姉はいつも、のっそりと歩きだし、死の足音だけが不気味に響く廊下に座わる。遥か異国の想い人をしどろもどろに見出そうとするような未練の目を湛え